周知のことですが、芸術家が釣銭詐欺師にあうような分野にあっては、仕事の機会
と知名度があり、さらに例外的な才能に恵まれ、芸術性と統合性に優れていたとし
ても、経済的側面で仕事上の成功をおさめることができる保障はどこにもありませ
ん。その問題に関して、Otterは−彼は上に示した3つの全ての資質を有り余るほど
豊富にもっているのですが−意義ある一歩を踏み出しています。

「私にとってのヒーロー達、良き指導者達、およびその影響力が、彼等のずば抜け
た能力あるいは献身の深さにも拘わらず、仕事の正当な評価を求めて奮闘している
様を今日までずっと観てきていますので、私は、ホーンの演奏と作曲の技量をマス
ターするという計り知れないほどの難関のさらに向こう側に重要な仕事が不可欠で
あることを学びました。」

そして、Ned が疑いもなくそれらの難問に対処している間、彼はまた音楽以外の−
ジャズ・ビジネスに対して敵対的な環境に置かれている全ての真剣な音楽家がしば
しば遭遇する−問題を克服するために尽力してきた。彼の音楽の研究、および、そ
の後引き続いて実現したDizzy Gillespie, Clark Terry, Cedar Walton, Red Rodney, Shirley
Scott 等の達人、それに最も重要な彼の師であり、お手本となる人物であり、また長
年の同僚であるGeorge Coleman のもとでのジャズ武者修行に加えて、Ned は同時に
コンピュータの腕を磨き、ビジネスの見識を得ることができた。

Otter はまたビジネスと芸術両面にまたがる専門家集団−Coleman, Ahmad Jamal,
Harold Mabern, Jamil Nasser、そしてGary Smulyan のような音楽家、著名な写真家の
Jimmy Katz、伝説的な録音技師であるRudy Van Gelder、それに数人の最高級のマネ
ージメント、開発、資金調達、および法律に精通した頭脳の持ち主を含む−である
超一流のチームを結成した。

“Two and Four”の最初のレリースは適切にタイトルの付けられたGeorge Coleman
の率いるオクテットによる“Danger High Voltage”であった。第二巻は、再び、Otter,
Harold Mabern, Gary Smulyan, Ray Drummond, Adam Brenner, Jim Rotondi および George
Coleman Jr. をフューチャーしたもので2003年にレリースが予定されている。同じレ
ーベルの第2番目のCD、“So Little Time”はOtterのリーダー・アルバムで、3つの
トラックでColemanをフィーチャーしたもの。メンバーはTom Kirkpatrickのトラン
ペット、Mabernのピアノ、Daniel Vitaleのベース、それに故Billy Higginsのドラムと
いう絶妙のリズムセクションで構成されている。Ned の最新のアルバム“The Secrets
Inside”では、彼の優れた編曲と作曲の才能が5管編成とリズムセクションのための
2つの拡張組曲において披露されている。タイトル・チューンである“The Secrets Inside”と“The Nothin’ But The Blues suite”はオリジナル作品である一方、他のトラ
ックにはナット・キング・コールのソングブックから稀にしか演奏されることのな
い幾つかの作品と、ピアニストのMabernの書いた“Waltzing Westward”を撰んでい
る。アンサンブルではMabern, バスのNasser, バリトン・サックスのSmulyan, アルト・サックスのZaid Nasser, トランペットのJim Rotondi, ドラムのMark Taylor, パー
カッショニストのDaniel Sadownick, それにAdam BrennerがNedと共にテナー・サッ
クスでフフィーチャーされている。

生っ粋のニューヨークっ子であるNed Otter は、幼い頃、彼の両親のレコード・コレ
クションによって、初めて音楽に接することになった。彼の音楽の視線がジャズに
注がれるようになったのは9歳のときで、兄のジュニアハイスクール・バンドによ
るDave Brubeck Quartet のヒット曲“Take Five”の演奏を耳にしたときからである。
Nedは11歳のときアルト・サクソフォンを学び始め、彼が即興演奏の技法を真剣に
学び始めてから5年後にアルトからテナー・サクソフォンへと持ち替えることにな
った。New York市にある誉れ高い“Performing Arts High School”を卒業。その後直
ちに、Otterはこれから先の息長く続く、そして実り多いGeorge Colemanの師事を仰
ぎ、その伝説的なテナー・サクソフォン奏者のもとで5年間学ぶことになる。

生っ粋のニューヨークっ子であるNed Otter は、幼い頃、彼の両親のレコード・コレ
クションによって、初めて音楽に接することになった。彼の音楽の視線がジャズに
注がれるようになったのは9歳のときで、兄のジュニアハイスクール・バンドによ
るDave Brubeck Quartet のヒット曲“Take Five”の演奏を耳にしたときからである。
Nedは11歳のときアルト・サクソフォンを学び始め、彼が即興演奏の技法を真剣に
学び始めてから5年後にアルトからテナー・サクソフォンへと持ち替えることにな
った。New York市にある誉れ高い“Performing Arts High School”を卒業。その後直
ちに、Otterはこれから先の息長く続く、そして実り多いGeorge Colemanの師事を仰
ぎ、その伝説的なテナー・サクソフォン奏者のもとで5年間学ぶことになる。

その時代、Nedは70年代後半にはNew York市内で高名なビー・バップ トランペッ
ト奏者Red Rodneyと共演し、また1981年にはトランペットの巨人Clark Terryの率
いるビッグ・バンドの一員としてアメリカ国内およびヨーロッパへの演奏旅行に参
加し、演奏活動を続けた。1987年に彼はColemanの率いるオクテットに加わったが、
翌年1988年には小休止をとり、もう一人の素晴らしいテナー・サックス奏者Sam
Rivers、またJon Faddis、James Williams そしてJerry Dodgion 等のジャズ界の名士た
ちと共にDizzy Gillespie率いる不滅のビッグ・バンドの構成メンバーとしてアメリカ
国内およびヨーロッパ各地への演奏旅行に参加する。Ned は1990年代を通じて自由
契約アーチストとしてアメリカ国内およびヨーロッパ各地において彼自身のグルー
プとしての演奏活動のほか、Cedar Walton、Shirley Scott、 Junior Cook等の優れたジ
ャズ・アーチスト仲間達と共演した。

彼のジャズへの数ある影響の中でも、彼が引き合いに出すのはCharlie Parker, Sonny
Rollins, Kenny Dorham, Hank Mobley そして「創造的でかつ危険を犯してでも何かを
試みる人なら誰でも」だという。

Nedは、ジャズ音楽以外のジャンル、『電子音ではない音響、空気振動で見事に録
音された音楽』、殊にDebussy, Brahms, それに Assad 兄弟の音楽から霊感を受けてい
る。
彼はまたフランス人で影響力のあるクラシカル音楽分野のアルト・サクソフォン奏
者、Marcel Muleの技法をジャズのイディオムに適用している。それでも、George
Colemanとの関係性はこれまでの25年間ずっと継続しており、最も広範な影響をも
たらしている。「私はこれまで明らかに、多くの時間George Colemanの音楽を聴く
ことができ、長い年月に亘って彼と話ができ、また彼から学び続けるには大変都合
のよいところに居合わせることができる幸運に恵まれました。」

Otterが彼自身の音楽の構想をうまく述べている言葉の数々:

「私の願っていることは、演奏中に2通りの方法、その両方をとることです。それ
は、全ての制御された和声手段を用いるだけでなく、それと同時にできるだけ旋律
を重視して演奏したいということです。私は長年に亘って、たくさんの音符で、あ
るいは自分で理論的に裏打ちのできる音符を用いて小節の中を高い密度に充填する
ための方法を学んできましたが、それは私が望んでいることの一部分に過ぎないの
です。旋律的な演奏、楽音の水平線方向への発展は、多くの若い演奏家達が避けて
通っている、大きな課題です。彼等は、むしろ前もって考え、うまく仕上げられた
多くの和声的パターンを演奏することによって皆さんを感動させようとしているの
でしょうが、それはそれでよいのです。私はそうではないどこか違うところに行き
たいのです。私はでき得る限り旋律を重視した演奏がしたいのです。」

レコード・レーベル、ウェッブサイト、企業体、それに個人、組織、アメリカおよ
び海外の政府機関を結ぶネットワークで武装して、Ned はアメリカ国内、ヨーロッ
パ、さらに極東諸国への演奏旅行を準備している。全ての準備と計画の構想が固ま
り、彼自身の、また他の素晴らしい芸術家の最も崇高な到達点を代表したスロット
ル全開の仕事へとNed Otterの準備はいま整った。